変わりやすいネパールの天気:内なる巡礼者としての自分を見つけよう

さて皆さん、ネパールのエベレストの南側ベースキャンプへのトレッキングの紹介記事をお読みいただいたと思うので、次はより細かいエピソードをお話ししよう。

トレッキングをする毎日はまるで… 本のページのようだった。しっかり一言一言読んで理解しなければ、どのページも同じにしか見えないということだ。

毎朝、私たちは夜明けとともに起き、7時にはシェルパに荷物を渡せるように荷造りをした。それから(少なくとも私にとっては)質素な朝食がやってきた。そして8時、グループ全員がゲストハウスの大部屋に集まり、数分後には出発した。

ただ初日は状況が少し異なっていた。私たちは早朝3時20分に起床し、カトマンズのホテルを1時間後に出発し、ルクラ行きの一番早いヘリコプターに乗ろうと計画していた。なぜこんな早起きが必要だったかはいまだにわからないが(ネパールの首都に到着したのは前日の夜だった)気にすることはない!まずはルクラのメイン(でたった一つの)ストリートへ:

私たちはお土産屋さんが並ぶ素敵な道を通って村を後にした。不思議なことに(予想外なことに)、初日の道はすべて下り坂だった!標高差200メートル。エベレストのベースキャンプを目指すトレッキングのスタート地点で…

澄み切った青空にお日様が顔を出し、辺り一面の景色は幻想的だった。

歩けば歩くほど、堂々とした壮大な風景が広がり、雪に覆われた山が姿を見せる。愛するヒマラヤよ!

岩場はやや荒々しくなり、まるでこれから起こるさらなる残酷さを予告するかのように…

「下がるものは必ず上がる」エベレストの麓では特にそうだ。そして実際、2日目には私たちが求めていたもの、すなわち「上昇」が始まった。最初の数日間は比較的標高が低く、灼熱の太陽が照りつけるため、暑くて汗だくになった。その後、上り坂が終わりに近づくにつれ、それとは正反対になった。今は、できるだけ木陰に隠れながら、階段を登り、多くの汗をかいた。

不思議なことに、グラウンドホッグ・デーとでも言うまいか、毎日のルーティンのように、天候のサイクルも毎日が同じだった。朝は快晴で、昼になると低い雲と霧で視界も悪くなり瞑想できなくなるといった感じだ。

この風景でカムチャッカを思い出した。記念碑のような強大な何かを垣間見ることができるのは、風が雲を吹き飛ばしてくれるわずかな時間だけだ。数分後、風は再び弱まり、また霞んだ曇り空に戻る。

壮大な風景を眺める時間はとても短く、リュックサックを下ろしてカメラと適切なレンズを取り出し、その瞬間を写真に収める時間がないこともしばしばだった。レンズが装着される頃には、雲がかかってしまい景色を台無しにしていた!

その一方で、時折素晴らしい天候に恵まれることもあった。特に朝は。

しかし、素早くカメラを取り出せることができたら、あるいは首からストラップを下げてカメラを持っていれば、なぜわざわざネパールに来たのか、その理由を理解することができる。そう、この景色こそが私たちがネパールに来た理由だ。他の観光客のように、世界一高い山にロッククライミングをしに来たのではない。息をのむような景色こそが私たちの訪問の目的であって、命がけで勇敢なことに挑戦するのではない。アイゼンや凍傷ではなく「映え」る安全な場所が欲しい。

ところで、ここがエベレストだ。

残念ながら、この写真では山頂しか見えない。そして、実は… – ネタバレ注意! – 旅行中、エベレストを見たのはこの1回だけだった!

…そして、素晴らしくフォトジェニックなアマ・ダブラム(標高約7,000メートル)にも同じことが言える。

一般的に、良い思い出としては、超絶素晴らしい景色(たまに!)、そして今回の旅の時期がちょうど良かったことが挙げられる。 4月は訪れるのに最適な月だ。

その反面マイナスの経験というと、酸素濃度の低下と上に行くほどどんどん雲が増えていくこと。

時に私たちは、完全に雲に覆われることもあった。

ガイドによると、このどんよりとした天気(朝は晴れ、昼には曇り)は、この時期としてはごく普通のことで、晴れ間やスカイラインが見えるわずかな時間に感謝すべきだと語った。この話を聞いて、数日間続けて晴れるというのは、この地域では異常気象なのだと思った。

突然、晴れ間がみえ、向こうから何かが現れてきた。そして誰もが感動のあまり絶句している…

でも、私にはよくわからない。私は淡々とした、瞑想的なトレッキングを楽しみに来たのだ。素晴らしい風景が目に入れば足を止めて写真を撮るのを繰り返しながら。しかし、これはトレッキングであり、トレッキングでしかない。私は散歩が好きだが、瞑想的な要素も必要だ。つまり、もっと近場でできるはずのトレッキングのために、なぜわざわざこんな遠いところに来たのか、ということだ。それに、なぜカメラの重いバッテリーパックを3つも持ってきたんだろう?要するに、腹立たしいということだ。

…この絵こそ、私たちが期待していたものだったからだ。

現実はこれ。

朝は、幾分かましだったが、それでもあまり変わらず。

ある朝、私はなぜ毎年何万人ものトレッキング客が世界中からベースキャンプにやってくるのだろうと思いを巡らせた。もちろん、その中にはローツェやエベレストの山頂を目指す途中でベースキャンプに立ち寄るだけで8,000メートル級の山を登るような本格的な登山家もいるだろうが、大半は普通の観光客に違いない。では、なぜベースキャンプに来るのか?

次の瞬間、私は気づいた。ほとんどの「普通の観光客」にとって、ここまでのトレッキング自体が宗教的な意味合いがあるということを。彼らは巡礼者なのだ。彼らは、周囲の景色など気にしないし、天気がどうなろうと知ったことではない。彼らにとっての主な目的は、ただベースキャンプに登り「聖なる石」をバックに写真を撮ることなのだ!->

一方で、私の目的はそれとは少し違っていた。ベースキャンプに行くことは単なる形式的なことで、主な目的は究極の瞑想登山だった。しかしそうはならなかった。そのため、あまり落ち込まないために「勝てないなら参加しよう」という考え方に切り替えた。巡礼者が被るような帽子を被り、ヒマラヤの聖地をチェックするために、宗教的で敬虔な気持ちで出かけた。

巡礼する気持ちに切り替えてよかった。ベースキャンプに近づくにつれ、天候は悪化するばかりだったからだ。

氷河は明るい日差しの中でキラキラと輝いているはず…ではないか…

向こうにオレンジ色の小さな点が見えるだろうか?あれがベースキャンプだ。

そして、これが間近に見る「村」だ。常時、1,000人以上の人々がここに住んでいるらしい。

ここまでブログを読んでくれた親愛なるバーチャルな巡礼者の皆さん、今日はここまでとしましょう。神聖な場所までたどり着いた。

エベレスト南側ベースキャンプまでの旅の写真はこちらでご覧ください。

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