塵も積もれば(7,000万ドルの)山となる

特許トロールとなぜ戦うのか、という質問をよく受ける。さっさと要求を受け入れて比較的少額の要求額を払ってしまい、本来の仕事に戻ったほうが結局は楽だし、経済的損失は少ないのでは?と。

トロールの標的になった多くのIT企業は、その方法をとっているようだ。しかし、Kaspersky Labはそうではない。社の信条が絡む問題なのだ。それに、何年にも及ぶ支払いを合計すれば少額とはいえないし、その金額を無駄にせずに済むのであれば、それはもはや小さな問題ではない。「その額は?」とあなたは尋ねるかもしれない。今回はそれを計算してみよう。結果をこれからお見せするが、皆さんは驚くかもしれない。事実、銀行の残高を寄生虫に少しずつかじり取られるよりは、戦うコストの方が安く済むことが判明している。

出典

最初に、本題からは外れるが、特許訴訟ではどのように事が進むのかを、イメージしやすいように説明してみよう。

余談始まり

まず、IT企業Xに対する新しい特許侵害訴訟に関する情報が、裁判所から公開される。その直後から、企業Xには支援を申し出る法律事務所から書簡や電話がひっきりなしに来るようになる。どの法律事務所も、ほかのところよりもうまくやりますと主張する。

私はこれに関して以前にも記事を書いて、このようなことをしている相当数の人々を憤慨させてきた。しかし申し訳ないが、彼らにその内容を思い出していただかねばならないので、ここでもう一度繰り返す。

「弁護士」にもさまざまなタイプがある。誠実な弁護士がいる。「消費者擁護」を巧妙に掲げる弁護士がいる。そしてもう1つ、セールスマン的な弁護士もどきがいる。信頼と信用に足ると印象づけるために、高級スーツに身を包み、有無を言わせぬ調子で説得力たっぷりに逸話だの名言だの鋭い推測だの成功事例だのを畳み掛ける詐欺師心理学者という、希少なタイプの人々だ。しかも彼らは、すぐに署名欄にサインをするようにと要求してくるのが常だ。そしてあなたはサインをする。ここからは、お決まりのシナリオが展開する。セールスマン弁護士は、ひどく熱心に「作業」をして、山のような文書(請願書とか、申請書とか、あれやこれや)を作ってくる。彼らと契約したのは正しい選択だったと印象付け、彼らがあなたのためにこんなに必死で働いているのだから、物事はすべてあなたの思い通りに進んでいるのだろうと思わせるためだ。

しかし、この騒乱もやがて終わりを迎える。セールスマン弁護士が、和解して終わりにしませんかと提案してくるのだ。もちろんこれで、原告への支払いと、法律事務所への高額の報酬が発生することになる(合算すると、特許トロールが最初に要求した金額と同じになることも多い)。しかし企業Xは、有能な弁護士のおかげで大勝利を収め、会社を守ることができたと信じ込まされている。

そして皆がハッピーになる。企業Xも、原告も、弁護士も。このように、システムがうまく機能しているのだ。企業Xの社員は、釈然としない思いを―特に夜になると―感じるかもしれない。理由ははっきりしないが、どこかで、どういうわけか、何かが間違っているのではないかと。しかし、彼らは心を乱されないように、そんな不信感をただ頭から追い払ってしまう。

余談ここまで

悲しいことだが、外部コンサルタントに依頼した場合、特許訴訟の大多数はこのような結果になる。なぜだろうか。和解せずに戦うのならば、コンサルタントは依頼元企業の製品、使用されているテクノロジー、ドキュメンテーションなどについて熟知していなければならない。これは時間がかかる。そんな面倒な作業は避け、和解したほうがよほど楽なのだ。

それ以外のシナリオもないわけではない。勤勉に職務をこなし成功を収めた特許専門弁護士や法律事務所を、我々は知っている。特許無効の正当性を争う訴訟だけではなく、特許の非侵害に関する場合も同様だ。

それでも当社は10年以上前に、特許担当部門を独自に設けることを決めた。なぜか?

それは、次のことを理解していたからだ。(i)ビジネスが成長するにつれて、我々にたかろうとするトロールも同じように増え続けること、(ii)外部に助けを求めても何にもならないこと(先ほどの例を思い出してほしい)、(iii)当社独自のエキスパートでそのような部門を作れば、他の面でも当社に相当の利益があるであろうこと。計算や予測を重ねた末に、部門が立ち上がった。10年以上が過ぎ、当時の計算や予測はかなりの精度だったことが分かった(下記を見てほしい)。

当社の特許訴訟の進め方については、以前に述べたことがある。すべての訴訟は「確定力のある決定として退けられる」か、「却下される」こととなった(どちらもほとんど同じ意味だ)。特許トロールまたは集団訴訟の原告に支払った金額は、ゼロだ。しかし、支払っていたとしたらどれくらいになるのだろうか。計算してみよう。

  1. IPAT対Kaspersky Lab:3年以上にわたり米国での売上高の3~5%を支払う可能性があった(~800万ドル)。
    2. Lodsys対Kaspersky Lab2,500万ドル
    3. Device Security対Kaspersky Lab120万ドル
    4. Unilocとの3件の訴訟:当初、各訴訟の要求額は、この特許トロールがElectronics Artに要求した500万ドルと同程度になると思われていた。しかし最終的に、Unilocはそれが非現実的だと気づき、3件の訴訟で合計180万ドルを当社に要求するとした。現時点で、3件のうちの2件は当社に有利な形で終結した。3つ目も時間の問題だ。
    5. Wetro Lan対Kaspersky Lab:当社の努力により、相手方が要求額を明らかにする前に訴訟は却下された。したがってここでは、予想される最低額の100万ドルとしておこう。
    6. Symantecに対して起こされたのと同様の集団訴訟については、Symantecに対する訴訟の金額を参考値としよう。原告の弁護士に200万ドル、「被害を受けた」人それぞれに9ドル(!)、そして商用製品を3か月無料で使えるライセンス
    7. ある日本企業(社名は明かせない)が特許を侵害されたと主張して、日本での売上高の5%を要求してきた。さらに、米国でもまったく同じ特許侵害訴訟が起こされる可能性があった。我々が交渉をまとめた時点で、米国で類似特許の発行がその会社に対してすでに承認されていたのだった。
    8. あるテクノロジーパートナーが、その会社の製品が特許を侵害しているという裁判を起こされて敗訴したため、80万ドルを補償してほしいと要求してきたが、却下した。

上記の金額をまとめると、7,000万ドルになる!この中に、上記以外にも山ほどある申し立てや要求の分は含まれていない。要求額の公表よりもずっと前の段階で、当社チームにより首尾よく却下されたのだ。また、特許以外の訴訟もこの中に含まれない。たとえば、独占禁止に関する対Microsoftの訴訟事例だ。この件における当社の勝利にどれほどの価値があるのかは、何千もの開発会社とパートナーを抱える数十億ドル規模の企業が関わるものであった以上、金額に換算するのは難しい。

さらに、特許トロールと和解しないという方針を貫くことで、そもそも当社に対する特許侵害訴訟が激減するという波及効果があった。特許トロールは我々が決して要求を受け入れないことを知っているので、運試しするのをあきらめたのだ。当社の訴訟費用の支払いを特許トロールに要求する形で反撃に出るようになってからは、なおさらそうだ。しかし、こうした理由で当社が実際にどのくらいの金額を無駄にせずに済んだのかを算出するのは非常に難しい。この辺にしておこう。

それでも、競合企業の状況から、当社が基本方針を貫くことによってどれほどの訴訟を回避できたのかをうかがい知ることはできる。過去10年にわたり、競合企業が特許侵害で訴えられた回数は以下のとおりだ:

Symantec 41、McAfee 19、TrendMicro 20、Sophos 13、Avast  11

Kaspersky Lab 8!

当社も競合企業も非常によく似たテクノロジーを使用しており、理論的にはどの訴訟がいずれかの(あるいはすべての)サイバーセキュリティ企業に向けられてもおかしくはない。ある1つの訴訟について考えてみると、合計金額を推測するのに役立つかもしれない。昨年Sophosは、Finjanが起こした特許侵害訴訟に敗訴し、1,500万ドル(!!)を支払わねばならなかった。

このとおり、特許訴訟に対応するには、特許担当の部署を設けることだ。そうすれば、特許トロールに支払ったかもしれない金額よりもずっと多くを節約できる。当社は特許担当の部署を置くことで、他の法律関連の業務、たとえばリリース予定の製品の法律専門家による分析、デューデリジェンス、米国での特許ポートフォリオの作成などにも対応できている。こうした作業にかかるコストは現在、1億ドルを超えると推定される。

最後になるが、本日の記事の内容は、特許トロールに対する当社のモットーの妥当性と適切性を裏付けるものでもある。「我々は互いの弾丸が尽きるまで戦う!」

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