誇りを持ってお客様をお守りする:米国メディア報道の誤解について

皆さんは最近のKaspersky Labに対する容赦のないネガティブな報道をご存じだろうか。直近のものは、ロシアのハッカーとされる人々とクレムリンの見えざる手が何らかの方法で当社製品を利用し、米国のユーザーをスパイし、彼らの秘密を盗み出したとして非難している。

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悪意を積極的に検知するということ

ここ数年、我々に関するさまざまな記事が米国メディアによって書かれてきた。先週木曜日のWall Street Journalの記事は、当初、一連の陰謀めいた中傷の延長線上にあるものと見えた。匿名の情報筋によると、ロシア政府の支援を受けたハッカーが数年前、弊社製品へのハッキングによる支援を得てNSA職員の自宅コンピューターから機密文書を盗み出した、という内容だ。なお、本件に対する公式回答はこちらにある

しかし、クレムリンの後押しを受けたとされるハッカーについて述べた当該記事を一皮めくれば、まったく異なる、真実味のある、考え得るシナリオが浮かび上がる。当記事が指摘するように、我々は「マルウェアとの戦いにおいて積極的」なのだ。

では、当該記事をじっくり見ていきたい。

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誇りを持って積極的にお客様をお守りする

またしてもセンセーショナルな報道が世に出た。特定の諜報機関が、とある契約社員の自宅コンピューターを通じて別の諜報機関の機密情報に手をかけるのを、Kaspersky Labが支援したとしている。同記事においては、このほかにも、我々が新種マルウェアを追求する手段が非常に「積極的」だとの糾弾もなされている。

一つめの主張はC級映画の脚本さながらで、またしても匿名の情報筋によって明らかになっている(驚いた)。これについては、公式声明以外にコメントしようがない。

しかし、当社によるマルウェアの追求が積極的だという二つめの主張に関しては大いに賛同する。我々は、マルウェアの出所がどこであれ、確実そして積極的に、マルウェアの検知と駆除を行う。20年間、誇りを持ってそうしてきた。これこそが、独立した第三者評価機関によるマルウェア検知テストの数々でトップクラスの評価を受け続けてきた所以だ。マルウェアとサイバー犯罪に積極的に取り組むのは当然のこと、それ以外にない。以上。

お客様を保護する際には、当社以外のサイバーセキュリティベンダーと同様に、コンピューターの健康状態をチェックする。X線検査のようなものだ。セキュリティ製品は、問題を特定するためにほとんどのものを見ることができるが、見たものを特定のユーザーと紐付けることはできない。お客様をサイバー脅威から保護するにあたり、我々が何をして、何をしないのか、もう少し詳しく述べさせていただきたく思う。

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変動する地政学的な地雷原を行く5年

※本記事は、2017914日付けのForbes寄稿記事の転載です

「暗い部屋で黒い猫を見つけるのはとても難しい。猫がいない場合は特にそうだ」
– 古代の金言(一般に孔子の言葉だと言われている)

5年ほど前から、Kaspersky Labは少数メディアによる集中砲火を浴びてきた。これらの不当な報道では、当社が政府機関との間に倫理に反するひそかなつながりを持っている、当社が米国の国家安全保障にとって脅威となりうる、当社の米国事業はうまく行っていない、などとされている。5年にわたる調査報道、臆測、伝聞、噂、公開データの操作匿名情報提供者からの情報、陰謀論、そして作り事だ。5年経った今、どれほどの証拠と具体的な事実が見つかっただろうか?ただの1つもなし、ゼロ、無だ!

政治がニュースを利用して事実を作っても誰も得をしない

そして残念なことに先日、米国政府機関から連邦機関の民生部門に対し、当社製品の使用を停止せよとの指令が発せられた。幸いなのは、当社の北米事業において米国政府機関に対する売上が大きな割合を占めていないことだろう。よって、残念であるものの、我々としては今後も主たる顧客基盤である法人および個人の顧客を保護することに注力していく所存だ。

なぜこのような事態になっているのか、という疑問をお持ちだろうか。

これまで繰り返し述べてきたように、前述のような偽りの報道を裏付ける証拠はない。Kaspersky Labはいかなる政府とも不適切なつながりを持っていないからだ。

ある意味では、それほどの長期にわたる綿密な調査が行われてもなお、何ら不都合な事実が見つかっておらず、かえって透明性に向けての当社の真摯な取り組みが裏付けられていることを感謝している。当社の顧客やパートナーは直接に承知していることだが、透明性と信頼は20年の実績を持つ当社の事業の要であり、この基本原則は今後も、どのような地政学的な緊張や不正確な報道があろうとも、変わることはない。

地政学的な議論に真実は必要ない。何の証拠もなくとも最初から非難すべき標的は決まっているのだ

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攻撃は最大の防御なり…特許トロールとの戦いも然り

ごきげんよう!

シャンパンで朝を迎える。これ以上に素晴らしい1日の始まりがあるだろうか。特許トロールとの長きにわたる戦いで勝利したばかりの今こそ、美酒を浴びるにふさわしい瞬間だ。

しかも、今回はこれまでの勝利とひと味違う。本当に画期的な勝利だった。特許トロールのWetro Lanがしっぽを巻いて逃げ出すまで追い込んだことは、特許法の歴史における重要な前例として残ることだろう。今回のような勝利を手にした事例はこれまでに存在しない。特許トロールに告訴を取り下げさせたばかりか、賠償金も支払わせたからだ!賠償金といっても形だけで、裁判にかかった費用のごく一部にすぎないが、ことわざでもあるように「先んずれば人を制す」だ。

事のいきさつを説明しよう。

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あの頃、そして現在:20年の道のり

20年にわたるビジネス、これは果たして長い年月だと言えるのか、それとも大した年月ではないのか?新しいテクノロジーや製品を継続的に開発してきた25年(Kaspersky Lab創業前の5年間を含め)については、どうだろう?

この問いに正確に答えるには、サイバーセキュリティ業界そのものの歴史の古さを問わねばならない。さて、初期のアンチウイルスプログラムが登場したのは、25年前をさらにほんの数年を遡ったばかりのことだ。

つまり、我々はサイバーセキュリティを創出した一握りの開発者の一部であると言える。我々はまさにサイバーセキュリティ業界の黎明期(オンデマンドのシグネチャスキャナーの全盛期)から業界に携わってきて、現在(ビッグデータと機械学習の新時代)も関わり続けている。型にはまらず、最先端であり続けた20余年でもある。自画自賛が過ぎるようにも思うが、20年目を迎える節目なのだから、今くらいは良いだろう。

もう少しの間、慎ましさを脇へ置かせていただこう。この20年で我々が打ち砕いてきたサイバー脅威について、思いを巡らせていただこうではないか。

当然ながら、歴史はただ1つの観点で解釈されるものではない。Kaspersky Labの歴史も、例外ではない。

20年前の穏やかなりし日々を捉えた古い写真を眺めつつ、初歩的なミスや失策を思い出して身をすくめ、鏡に映る自分の白髪混じりの頭髪と深まるシワに悲しみを覚える。それも1つのあり方だ…。

だが、同じ20年前の写真を見たとき、ほほ笑みと共にこんな風に考えることもできる。「悪くない20年だったな、でもこれからが本番だ!」。すべては考え方次第だ。課題や困難に目を向けるのか、それとも成功や達成に注目するのか?正解しても賞品は出ないが、我々の選択は、もちろん後者だ。常に前向きであること、それがKaspersky Labのやり方だ。この業界ではそうあらざるを得ない!我々が皆さんにインスピレーションを与えることができるなら、幸いだ。

さて、Kaspersky Labの創立記念日を迎えるにあたり、歴史への誠実さを保ちながら(そして品位を保ちながら)、生き生きとした強烈なインスピレーションをいかに喚起することができるか、猛烈に長考した。こうして行き着いたのが、当社の歩みの中でも興味深く楽しい側面をいくつか簡単にご紹介することだ。「古き良き時代」がいかなる様子だったか、今がどんなものであるか、そして、いかなる未来が待ち構えているのか。

まずは、私たちのオフィスから始めよう。

始まりの日、すなわち1990年代の初め頃に戻るなら、6オフィス分を巻き戻すことになる!

ご覧いただこう。1994年、世界最高のアンチウイルスの1つを開発した本拠地の様子だ。これでオフィス全体だ!「自分の研究所」としての登記はこの3年後だが、とにかく、これが当時のオフィスだ。実際には、90年代にソフトウェアやハードウェア製品を製造していたKAMIという会社の一部だった。

なお、初めてハンブルク大学の検証テストに参加し、保護の品質で予想外にも(大差で)優勝したのも、1994年だ。上の写真は、疲労困憊のところに優勝の知らせが届き、笑顔が漏れた瞬間だったと思う。

現在の(本社)社屋は、我々の所有する新しいビジネスパーク内にある自社ビルだ。位置としては、モスクワとシェレメーチエヴォ国際空港の中間あたりだ。

見てのとおり、最新設備の整った快適な空間だ。23年でこうも変わるとは!だが、最初のオフィスについて一言申し上げたい。あそこは居心地が良かった。近代的で広々とした今のオフィスも、居心地の点ではかなわない。そうだ、食堂も素晴らしかった!

出張

シェレメーチエヴォ国際空港から15kmほどの場所にオフィスが位置するのは、偶然ではない。多くの社員が毎日のように出張に旅立ち、世界中を旅する会長兼最高経営責任者がおり、諸外国からも毎日のように社員が飛来し、さらには大切な海外の顧客、パートナー、政府代表がひっきりなしに行き来するのならば、国際的ハブ空港からそう遠くない場所に拠点を置くことはロジスティック的に常識的な判断だ。

これまでもそうだったわけではない。昔は社員も出張もはるかに少なく、空港に近いかどうかはあまり関係なかった。出張といえば、こちらも時を経てすっかり変わった。今では4つ星または5つ星ホテルでの宿泊が普通で、1人一部屋があてがわれ(!)、シニアマネージャーであればビジネスクラスでの渡航なので空港のビジネスラウンジも使える。昔はホテルも2つ星か3つ星で、1部屋に2~3人が宿泊(!)、皆エコノミークラスに乗っていた。しかし、それに気付く人も、気にする人もいなかった。世界を救い、最高のサイバーセキュリティを構築するという、より大きなことを考えるのに忙しすぎた。部屋にバルコニーがあるかどうかなんて、どうでもよかった。

最近、私はビジネスクラスを要求している。これほど海外出張だらけだと、エコノミークラスではペースを乱してしまう。ビジネスクラスであれば、リラックスできて睡眠も取れ、到着と同時に「ビジネスモード」に切り替えることができる。ビジネスクラスと呼ばれる理由は、そこなのかもしれない。ただしホテルについては、星の数は気にしない。肝心なのは、ベッド、シャワー、Wi-Fiがあること、ゴキブリがいないこと、隣の部屋が騒がしくないこと、仕事場の近くに位置していること、以上だ。個人的見解だが、それ以外は不要だ。自分が「快適さ」に無頓着だから、それだけで「快適」と感じてしまうのかもしれない。

さて、出張の話が来たからには流れとしてこうなるだろう。

展示会ほかイベント

2000年半ばまでは、社員全員が展示会で「ブースの説明員」となった。取締役も部門長も、もれなく順番が回ってきた。私も何度も最前線に立った。そのときのことは、ノスタルジーと共に思い出す。ユーザーと直接ふれあう機会は、日常の業務や課題から離れさせてくれたし、何よりユーザーがまさに求めているものを聞くことができた。いわゆる「生の声を聞く機会」だったのだ。展示会は総力戦だった。みんな数日前から現地入りして、ブースを設置し、ノベルティやカタログ準備し、メディア向けの「支給品」を揃えたりしたものだ(笑)

最近の展示会は、プロのイベント業者がきめ細かく対応してくれる。ブースは現地オフィスのKaspersky Lab社員が主に切り盛りし、外部業者が訪問者の窓口を務めてくれる(営業、マーケティング、広報、R&D、アナリスト、その他部門へと繋いでくれるのだ)。

展示会や会議場といえば、現地での講演について触れないわけにはいかない。初めて大観衆の前で講演したのは2001年のVirus Bulletinカンファレンスのときで、参加者は怖いほどに多国籍だった。

「大観衆」と言ったが、初めてステージに立った私にとって大観衆に見えただけで、実際は150人くらいだったと思う。とにかく緊張していたうえ、英語で話していたので、何をしゃべったのかほとんど覚えていない。頭はオーバーヒート状態で、冷却システムは機能不全、RAMも最大容量を使い切っていた。どうやって乗り切ったのかわからないが、後から参加者にとても良かったと声をかけられた。やれやれ!任務完了!この、運命のVB-2001でのプレゼンテーションについては、こちらの記事(英語)を参照されたい。

当時の私は、飛行機に乗るのが好きではなかった。『特攻野郎Aチーム』のB.A.バラカス式でないと乗れない、…ほどではなかったが、大嫌いだった。狭い席に詰め込まれ、誰が操縦しているのか、飛行機の整備がどうなのかもわからないのだ。だが、2年ほどで飛行機恐怖症は自然と消えた。我ながらよくやった!近代の民間航空の力を借りずして、四大陸を4日相当で駆け回るなどとても無理な話だ。また、観衆を前にしたスピーチで緊張することも次第になくなった。自らの恐れることに挑め!少なくともここ10年ほどは、このとおり、さらに大勢の前でも問題ない。

パーティ

勉強ばかりして遊ばないとダメになる」ということわざがある。別の言い方では「よく学びよく遊べ」、それがKaspersky Labだ。これまでもそうだったし、これからもそうだ。

2016年の様子:

1998年の様子:

ふむ。こうしていると、過去20余年の思い出に浸って何日も過ごせそうだ。

パートナー向けカンファレンスも、進化を続けてきた。店舗向けの製品パッケージ企業プロフィール(売上、顧客数、社員数、地域オフィスおよびパートナー、テクノロジー、製品およびサービスなど)、どれも想像以上に増加し、変化した。

何もかも変わったのかと言えば、実はそうでもない。少なくとも1つは、変わらぬものがある…

それは、一生懸命に働くことだ。これまでも、今も、これからも。疲労や困難を覚えながらも、昼夜を問わずに。難題はウェルカムだ。複雑なほどいい。

特許トロールについては、相手の弾が尽きるまで戦うつもりだ。特許トロールに一度でも朝食を与えたら、昼食にも、夕食にも、夜食のときにもやってくる。しかも毎日だ。

ベンダーvs.独占主義の様相については、この状況をただおとなしく受け入れることはしない。この件については、積極的に動いている。

地政学上の問題国家による圧力に関しては、我々は我々の仕事を続けるまでだ。サイバー脅威の出所がどこであろうと、その意図がいかに「善」に基づいていようと、あらゆるサイバー脅威からの保護に取り組んでいく。マルウェアが世界的に蔓延した20年前もそうであったし、今でも個人PCやデバイス、企業ネットワーク、重要インフラの保護に取り組み続けている。

「人道的使命に情熱を燃やし、実用的な結果を目指して取り組み、最善を尽くす。私にとって、これはKaspersky Labにとっての成功の公式となった。大志を抱き、世界にとって純粋に役立つことを成し、利他的に打ち込み、それをも楽しむ。これらを続ければ、それに伴うすべて(上に挙げた素晴らしいことすべて)がボーナスとして与えられる。乾杯!」

実は、これから20周年を祝うパーティなのだ。そう、今のは乾杯の音頭だ。

では、ここで失礼しよう。

※元の英語記事は、2017年7月21日に公開されました。

Kaspersky Free:世界を守る

やあ、皆さん!

お知らせしたいことがある。我々は、Kaspersky Freeという製品をリリースする。名称からお察しのとおり、無償のアンチウイルス製品だ。

この製品のリリースには、1年半かけて取り組んできた。いくつかの地域でパイロット版を展開し、調査、分析、マイナーチェンジ諸々を実施する中から、我々は以下の推論を導き出した。

  • この無償版アンチウイルス製品は、当社の既存の有償版製品とは競合しない。有償版には、ペアレンタルコントロールネット決済保護、セキュアコネクション(VPN)といった、無償版にはない、価格に見合ったプレミアム機能が搭載されている。
  • 高機能の製品にお金をかけられない人は多く存在する。そういう人たちは、昔ながらのフリーソフトウェア(マルウェアがすり抜け可能な穴を多く抱えているものだ)を使っているか、Windows Defender(!)に頼っている。
  • Kaspersky Freeのインストール数が増えれば、全ユーザーの保護のクオリティにポジティブな影響が見込める。ビッグデータの力による機械学習に磨きがかかるためだ。

これら3点から、Kaspersky Labの無償版製品を早急に全世界へ展開するべきとの結論に至った。

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祝20周年!

※元の英語記事は2017年6月26日に公開されました。

サイバーセキュリティの年月は、風のように早い。

28年前、1989年秋のいつだったか、私のOlivetti M24がウイルスにやられた。この運命的な出来事が私(とその他大勢)の人生を変えた。あの日、あのウイルスが、誰のコンピューターを襲ったのか知っていたら、そしてその後10年にわたって私(後にKaspersky Lab社員)の手で消されることになる悪の末裔たちの数を正確に知っていたら、すぐに回れ右をして逃げ出していたに違いない。

26年前、1991年の夏のことだが、同じ志を持つコンピューター好きのグループが、今や世界トップクラスとなったセキュリティ製品の曽祖父を世に出した。

20年前のまさに今日、1997年6月26日。私の名前にちなんだ「Lab」が設立された。

だが、今日のオフィスはかなり静かだ。パーティーなし、シャンパンなし、何もなし。20周年の日なのに?心配ご無用。お祝いの予定はある。いつものように、型破りなやつだ。ただ、少し先の話というだけのことだ。今日はいつもと変わらぬ営業日。とはいえ、今晩、おいしい飲み物で乾杯し、何か言葉をいただけるのであれば、ぜひお願いしたい。きっと、何かしら良い意味でお返しがあるだろう!

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荘厳なる日本語の不思議

再び訪れた東京での数日間は、会議やインタビュー、気心の知れた仲間たちとの夕食と、慌ただしく過ぎていった。カンファレンスで講演もした。講演では、サイバー犯罪について話をしたのだが、同時通訳ではなかった(!)。そう、かなり間があいた(笑)。くたびれすぎて、ステージの上で気絶するかと思ったほどだ。なんとか持ちこたえたが。

残念ながら観光の時間はなく、シゴトだけだった。ときどき動物園の動物のような気分になる。何時間かおきにエサを与えられ、決まった時間になると聴衆の前に姿を現すのだ。

シゴトの途中、訪れたビジネスセンターの壁にこんな案内を見つけた。

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