2013年10月25日
「人生とはトロールとの戦いである」*
我々が最近、特許トロールに独力で勝利したことで生まれた高揚感も、少し落ち着いてきた。とてもうれしいことに、さまざまな良いニュース(これとかこれ、これ、これ、これ)を読めたし、ユーザーの皆さんからも勇気づけられるコメントが多数寄せられた。しかし、真の戦いはまだ始まったばかりだ。この先も大変な仕事や論争が数多く待ち受けている(興味深い論争ではあるが)。ということで、今こそこれまでの総括をやるべきときだと思う。
まず本題から。大きな成果をあげたばかりだといって、気を抜いてはいけない。今の栄光に満足し、現状を良しとして慢心するなど言語道断だ。我々の場合、法廷で2度目の勝利を収めたことが、すべての特許トロールにとって深刻な警鐘となった。次回は徹底抗戦の構えで向かってくるかもしれない。せめて道義にもとった戦いだといいのだが。我々はそれに備えなければならない。だが、特許トロールに関して道義の話などできるだろうか?「principle」(道義)という単語にドルマークはついていない(彼らはきっと「principle$」というデバイスの特許を取得したいと思うはず)。ともかく、我々の法務担当は気を緩めることなく戦いの準備を進めている。再び武器を手に取り、銃を磨き、ナイフを研いでいるのだ。戦時予算案が通過し、資金を確保した。戦闘態勢は万全だ。
どうしてこのような状況になったのだろうか?なぜ彼らは地球規模でイノベーションを脅かすのだろう?この逆説的な社会の矛盾を理解するには、特許トロールのビジネスの仕組みについて掘り下げて考えていかねばならない。これについての記事は以前書いたが、今回は別の角度から見ていくことにしよう。
特許トロールのビジネスは次のようなことから成り立っている。
- 米国の特許制度の不備:特許を説明するための定型文が具体性に欠け、具体的な用途ではなくアイデアを保護することを認めている。
- 不可解な米国の法制度:訴訟のすべての当事者は裁判費用を自分で負担することが定められている。勝訴したか敗訴したかは関係ない。
- 反撃が不可能:特許トロールは何も生み出さず、さまざまな隠れ蓑を使うことが多いためだ。トロールから得られるものがあるとしても、特許を無効にし、自社の裁判費用を払わせることくらいだ。しかし、そのためには莫大な費用と時間がかかり、リスクも伴う。
1点目と3点目についてはすでに改革が始まっており(万歳!)、我々も自分たちにできることをやっている。IT業界の他の企業と連携して政府レベルでの変革を推し進め、一方で革新者の側に立ったアドバイスや専門知識(特許トロール側の言い分を論破するため)の提供という支援もしている。
もっと興味深いのは2点目だ。
特許トロールはじゅうたん爆撃大量のメールを送りつけ、特許を侵害されたとしてライセンス料を要求するが、一体何を当てにしてこれを行っているのだろうか?
まず大企業の場合。彼らは法廷で戦うための資金があるにもかかわらず、ライセンス料を支払う方がずっと安上がりで、リスクも小さいと考えている。告訴すると脅された大企業は、その訴訟にかかる費用の合計を慎重に計算し、和解に必要な比較的小さな金額と比較する。通常、和解の費用は100分の1以下だ。
次に、中小企業の場合は、裁判に必要な費用を検討するための資金すらない。そのため、和解する以外に選択の余地はないのだ。
いずれの場合も、特許トロールの銀行残高は膨れ上がり、さらに多くの特許を買収して新たな訴訟を起こすための資金が手に入る。これを繰り返して、規模を拡大していくのだ。
どうすればこの狂気を止められるのか?この病の治療薬はあるのだろうか?
処方薬はある。ラベルの注意書きを忠実に守って使用すれば、治せるかもしれない。この薬には強力な作用をもつ成分が含まれている。大企業の短期主義の体質を変えることだ。
大企業が考えているのは「裁判になれば最終的に何百万ドルも払わなければならない。でも和解すれば、数十万ドルで済むだろう。当面は。」ということだ。大企業は安全策をとって、トロールから「特許パッケージ」のライセンスを受けることが少なくない。それどころか、投資家として特許トロールに与することもある。そうすることで、特許パッケージを格安で買えるというわけだ。ちなみに、これが滑稽な状況を生むことがある。投資家となった企業が、法廷で自分自身と争う(Googleなど)、あるいは自社のパートナーと争う(Appleなど)ということが起きるのだ!
別の言い方をしよう。大企業の行動原理は、伝統的な資本主義(オーナーや投資家を喜ばせる)への崇拝(短期の利益)にあり、あまり長期的な視点に立っていない。だが、そんな考え方は大間違いだ。長期的に見れば、和解を繰り返していくと、その費用の合計はトロールや特許制度そのものとの戦いの費用を必ず上回ることになるからだ。
この問題の原因は、大企業の経営陣が自社の短期的な利益にしか目を向けないことだ。結局のところ、(特に最近は)上級幹部が同じ会社に5年以上いることはほとんどない。「自分がいる間に、特許トロールとのお金のかかる血みどろの戦いで、企業利益を悪化させるようなことはしたくない。そのせいで、『年次決算』を発表する前に重役の座を追われてしまうかもしれないというのに。」
こうした大企業のオーナーや投資家も同様だ。彼らも同じく短期的な利益を求めているからだ。世界規模での社会的正義、長期的な繁栄、技術の発展といった考えは、彼らにとってどれほど重要なものなのだろうか?特許トロールと戦わなければ、短期的には特許トロールの株価が上がり続け、中期的にはその株がすべて売られる、ということになる。
これでは何も変わらない、と私は危惧している。
では、裁判費用を負担できない中小企業はどうだろうか?まず、中小企業が持つ資金と裁判に必要な費用にどれほど大きな差があるのかを示す数字を紹介しよう。当社が法廷で特許トロールと戦った2件の訴訟の費用は、それぞれ250万ドル、150万ドルだった。今や特許トロールは、モバイルアプリを開発する小さな非公開ソフトウェア会社にまで触手を伸ばしている。わかりきったことだが、こうした小規模な開発企業は、どうやっても裁判に必要な資金を工面することはできない。そこで特許トロールは、別の手段で彼らからお金を巻き上げようとする。それが特許使用料だ。
特許トロールに狙われた中小企業には、明らかに支援が必要だ。支援の形としては、法律面や資金面でのサポートを提供する基金、共同の取り組みをとりまとめる支援団体などだろう。確かに、すでに電子フロンティア財団(EFF)がある。EFFは特許を専門とする個人弁護士や企業の弁護士が公共の利益を守るための団体だが、特許トロールに関しては、状況はあまり変わっていない。何か変わったのだとしたら、いまだに圧倒的大多数のITベンダーが特許トロールたちに餌を与え続けているのはなぜだろうか?
このような資金提供や支援を行う団体をどうやって実現するのか、誰が関わるのか、などはまだはっきり決まっていない。複雑な問題であり、今はまだ検討を続けている段階だ。
その間、我々は特許トロールとの戦いの経験や、その結果得られたノウハウの共有を続けている。法廷ではどうふるまうべきか、何を準備するのか、どのような根拠を示せばよいのか、といったことをアドバイスしている。こうした支援を提供する団体が(完全なる実効力を伴って)発足すれば、数多くの真のイノベーターたちが新しいアイデアを人類や世界のために実用化するのを助けるだけでなく、最終的に(願わくは)特許による恐喝のジレンマを打ち崩すことにもなることだろう。特許トロールの負担する裁判費用が利益を上回り、それに伴って被害者の裁判費用も下がればすぐにでも、特許トロールがビジネスをする理由がなくなり、この病気を根絶することになる。病の根本的な原因へと辿り着き、それを取り除くのだ。
特許トロールを、毛むくじゃらで抱きしめたくなるようなかわいい生き物と一緒にしてはならない。世界中の子供向け絵本で描かれているような、大きな目をした妖精とは別物だ。特許トロールは恐ろしくて強欲で、自ら生み出すことはせず、革新的IT企業のお金をむさぼり食う存在だ。その一方で、自分たちが社会や世界の発展にとってどれほど重要で助けになる存在なのかを繰り返し唱えているのだ!
特許トロールによる被害額は、2011年の米国だけを見ても、直接費も間接費もすべて含めると、約800億ドルになる。2012年もきっと、これを下回ることはないだろう。過去5年間の損失を計算したら、何と4,000億ドルにもなる!これだけの金額がどこに行ってしまったのだろうか?もちろん、新たな発明に使われたわけではない。このお金がイノベーションから吸い上げられなければ、どんなものが生まれただろうか。たくさんの発明が世に出たはずだ。
結論ははっきりしている。今こそ特許をめぐる悲劇に幕を引くべきときだ。戦いを始めよう。
*19世紀の劇作家、ヘンリック・イプセン(Henrik Ibsen)の言葉