2013年6月3日
特許vs.イノベーション(続き)
「特許vs.イノベーション」。何とも違和感のある響きだ。まるで「蜂vs.ハチミツ」「ハンバーガーvs.パン」「学生vs.セックス」「ロックンロールvs.ドラッグ」並みの矛盾を感じる。
特許とイノベーションが相反するとは、どういうことだろうか。特許は発明者の権利を守り、研究開発への投資回収を実現し、一般的にテクノロジーの進化を刺激する存在のはずだ。たしかに、一部にとってはそうかもしれない。しかし、ソフトウェアの世界はと言うと、そんな関係は絶対にありえないのだ。
現在のソフトウェアに関する特許法は、サーカスのミラーハウスのように歪められた現実と言える。今の特許法は常識的に見て明らかにおかしく、全面的に見直す必要がある。しかも、できるかぎり早く実施しなければならない。さもなければ、奨励し保護すべき革新的な特許は具体化する前に潰されかねない(ほんと良い仕事をしてくれる、特許システムは。実に素晴らしい)。
一体なぜこんなことになってしまったのだろうか。
本来特許には発明者を保護するという崇高な目的がある。それが今やイノベーションの保護とは真逆の、ゆすりの道具になりさがっている。現代の特許ビジネスは、技術詐欺だ。金になりそうなものを見つけたら黒く淀んだ本能に従い巣へと持ち帰る、カササギと盗癖のある猿を異種交配したような存在だ。
“トロール”の参戦による特許訴訟の変化
ここで、特許ビジネスを具体的に検証してみよう。
トラブルの火種をまき散らしている主要プレイヤーは、特許アグリゲーターだ。特許トロールとも呼ばれる彼らは、発明の権利を買い取り、その権利を脅迫の道具…じゃなくて、革新的な企業に特許侵害を訴えて高額な請求をする人たちだ。自分の発明がすでに特許取得済みであるのは、よくあることだ。新発明をしたと思ったのに、実はすでに特許が取られていた。これはそれほど不思議なことではない。その発明を使ってビジネスしたいのであれば、特許使用料を払うまでだ。だが、現実はそれほど簡単ではない。次に挙げる例は氷山の一角に過ぎない。
その1。多くの国の特許権利者(ほとんどはアメリカにいるが)は、これまで極めて広い定義でアイデアを特許申請し、登録してきた。たとえば、「電子信号を転送する手法」といった具合だ。これでは、10年後には太陽の下にあるすべてがこの特許の権利対象になってしまうだろう。最近の事例では、「インタラクティブなWeb」(要するにインターネット)を発明し、1993年に取得した特許で保護対象だと主張する人がいた。
その2。特許になるのはアイデア自体であり、実用化(製造)は含まれない。これこそが、腹黒い発明者たちを、想像のかけらもない未熟な夢想家やシステムを悪用する姑息な搾取者へと変身させるモチベーションになる。アグリゲーターが収集する特許のほとんどは、既存製品で利用されていない、実用化されておらず、される予定のないものだ。ここで、誰かが似たような素晴らしいアイデアを思い付いたとする。そうなったら、特許トロールの出番だ。
その3。発明(アイデア)について、どんなに誠実かつ明瞭な説明文を書いたつもりでも、大抵は曖昧でぼんやりしている。つまり、わずかに手を加えれば、ほぼ何にでも当てはまるようになってしまうのだ。
結果。現代の特許システムは、あらゆる悪用や侵害に脆弱だ。ただし、その脆弱性をどう扱うかを見れば、その人物が本物の発明家なのか、それとも特許トロールなのかが容易に判断できる。両者の違いは極々わずかだが、とはいえ簡単に識別できるのだ。
ずる賢い悪党は、すぐに特許システムの脆弱性を突いてくる。そして、かつては素晴らしい発明だったものを強盗の道具へと変えてしまう。毎年、本物の革新的な企業は何百億ドルもの使用料を支払わされている。本来特許で守られるべき本物のイノベーションに投資されるべき膨大な資金が横取りされているのだ!
さらに最悪なことに、腐敗して完全にいかがわしい詐欺事業となった特許ビジネスは成長を続けており、ますます凶悪さを増している。これは当然の結果だ。そもそも元手は不要だし、何も作る必要がなく、交渉も暴力ではなく話し合いが選ばれる。つまり、特許プールを手に入れれば、あとは利益の一部が転がり込んでくるわけだ。何て簡単な商売だろう!
さらに、特許法は地域や業界によって異なるという問題もある。アメリカの特許システムがヨーロッパの真逆であるのも良い例だ。
ヨーロッパでは、定義が曖昧な申請はそう簡単に登録されない。特許申請書は専門家が厳しく審査するため、トロールたちはこの段階で排除される。ただし、一部の特許登録システムでは、ほぼノーチェック、または一切の審査なく登録されるところもある。そんなシステムに巣食う悪党たちは、申請者の不安を最大限に利用して迫ってくる。彼らはまず、訴訟をほのめかして金銭での解決を持ちかけ、実際の訴訟になる前に手っ取り早く(または数百万ドルを)稼ごうとする。ここで被告人が冷静に対応して裁判所に持ち込めば、悪党たちはすばやく身を引く。数年前、私はイタリアでモバイル技術に関する特許申請をしたとき、彼らに遭遇した。すぐに裁判に持ち込んだところ、あっさりと手を引いた。
一方で、ソフトウェア特許には独自の問題がある。
ソフトウェア特許問題は、やや複雑だ。たとえば工学関係の発明で特許登録されるものと(物理的仕組みはほぼ避けて通れない)、ソフトウェア技術として特許登録されるものが混在しているからだ。この問題ついては、さまざまな意見や議論が噴出しており、もしくは議論すらされていないのかもしれないが、この状態は何年も続いたままだ。イノベーションのために、どれだけの頭脳と時間、予算が割かれたか図りしれない!
何と無駄なことだろう! それでも特許システムは健在だ。
では、今我々が目撃しているのは勇敢な IT 関係者たちと腐敗した特許トロールの戦いなのだろうか。それは嘘だ。ソフトウェアベンダーも、やむを得ず特許トロール側に立つことがある。
最近では、EricssonがUnwired Planetという特許アグリゲーターに2000の特許を売却した事例がある。これは納得できる話だ。Ericssonは公平な取り分以上に財務上のトラブルを抱えており、負債を最小限に抑えて資産を最大化する必要があったからだ。同時に、Ericssonはマフィアによる密売…ではなくて、いかがわしいビジネスを始めたように見られることはなかった。特許を売却した彼らは今、共犯者の特許トロールが販売する特許の利益または使用料の分け前をもらっている。
ほかにも、トロールの特許プールに対してライセンス料を支払うことで示談する企業も存在する。MBAを取得したやり手の若手マネージャーからすれば、これはもっとも合理的で迅速な解決方法だろう。しかし、戦略的に見れば不名誉な失敗だ。少しでも甘い顔を見せれば、すぐにつけ込んでくるからだ。簡単に金を出すやつと見込まれたら最後、彼らはさらなる要求をもって再びたかりにくるだろう。
こうしたソフトウェアの特許トロール問題について、世界各国では何年間にもわたって解決に向けた取り組みが行われている。
ソフトウェアアルゴリズムの特許申請を法的に規制しようという動きもあった。悲しいかな、成功事例はまだ聞こえてこない。ニュージーランドではすでに3年間も堂々巡りしており、徒労に終わっている(少なくとも終結のめどは立っているようだが)。少し前に、米露二国間大統領委員会のイノベーションに関するワーキンググループが、この問題への終結を目指した協議会をロシアで開催した。結論はどうなったと思うだろうか。特許可能な対象リストからソフトウェアアルゴリズムを除外するという正しい提案が、Microsoftの暗躍の結果、議題から外されてしまったのだ! うがった見方だが、もしかして彼らの元CTOが世界最大の特許トロールのトップに君臨しているからだろうか。これについては、別のブログで話したいと思う…。
まあ、とりあえず、何が言いたいかはわかっていただけたかと思う。特許トロールは無秩序の現状に混乱を巻き起こし、逃げおおせているのに対して、特許法は抜本的な見直しが遅々として進んでいない。
では、我々に何ができるのだろうか? 私が考える、まずやるべき事柄のリストは次のとおりだ。
- 元々の特許所有者ではない人物(元の発明者から特許を買い取ったトロールなど)が遡って権利主張することを禁止する。これにより、特許所有者が反訴を免れながら、トロールに特許を売却して残りの期限を使って利益を得ようとした場合も、特許の歪みが広範に拡大するのを抑えることができる。
- トロールが訴えを却下または取り下げた場合、被告人に対して発生した費用全額をトロールに賠償させる。トロールは自分たちの行為が刑事免責されることを周知しており、その状況を最大限に利用している。
- 特許アグリゲーターによる特許侵害の請求を禁止する。特許裁判を免れて示談を成立させようとしても、そもそもの請求を禁止していれば恐喝自体が成り立たない。
- 特許における説明文の在り方を変える。まず、発明を適用する目的や分野を明確に記載する(現在、特許に明記が定められている技術的結果は、適用先を明確化するに至らない)。次に、特許とその解釈を同時に定義する。明瞭に定義されていない場合は、審査時に拒絶する。
- 最後は、最も重要なポイントだ。アイデアではなく、具体的な実装方法を特許の対象とする。そうすれば、発明者は正しいサポートと保護を受けることができ、特許トロールの呪いも完全に消滅するだろう。
幸いなことに、横行する特許トロール問題の状況については、トップの政治家たちが何らかの理解を示しているようだ。しかし、暗いトンネルの先の光ある場所へ辿り着くには、曲がりくねってデコボコの厳しい道のりをまだまだ進まなければならないようだ。
いつになればトンネルから抜け出ることができるのだろうか。その答えは、まだ誰も知らない。意外に早く抜けられることを願っている。